病院長挨拶
病院紹介
外来のご案内
外来診療担当医
入院のご案内
お見舞いの方へ 医師との面談時間のお願い
健康診断をご希望の方へ
交通のご案内

個人情報の保護について
患者さんの権利と責務
調達情報
バリアフリー情報
情報公開
診療実績・臨床指標
医療安全管理指針
感染管理指針

院長コラム “やじろべえ” バックナンバー 2019年度

2019年10月

 下関医療センターのまわりには、高杉晋作ゆかりの史跡がたくさんある。新地会所跡、厳島神社、了圓寺、療養の地、終焉の地、桜山神社など。何故こんなに集中しているのか。最近、下関市歴史博物館学芸員松田和也氏のご講演を拝聴したことで、かねてからの疑問が氷解した。
 江戸時代、毛利家が治めていた現在の山口県は5つの支藩に分かれていた。長州藩、岩国藩、徳山藩、長府藩、清末藩である。今の下関の大部分は長府藩領であったが、竹崎町と伊崎町あたりは清末藩領であった。その長府藩と清末藩にはさまれた飛び地のエリアに長州藩領があり、現在の新地や今浦町がこれにあたる。長州藩士の高杉晋作が、当院周辺を下関での活動拠点にしたのは当然であったというわけだ。
 厳島神社のそばにひっそりとたたずむ新地会所跡が、個人的には感慨深い。晋作は藩内クーデターを企て、功山寺で決起する。その直後に襲撃したのが長州藩新地会所であった。この瞬間から、維新に向けて歴史が大きく転回するのである。


2019年9月

 6月に発覚した吉本興業所属芸人の闇営業問題は、二転三転とめまぐるしく展開したが、ようやく収束しつつあるように見える。反社会勢力との関わりは批判されるべきであるが、事件の根底には吉本興業の不明瞭な雇用形態や、本業だけでは食っていけない芸人の実情があるようだ。この事件は、はたして我々とは関係の薄い業界の、遠い話ととらえてよいだろうか。
 最近、全国の医科歯科大学病院勤務医のうち約7%が無給である実態が文科省の調査で判明した。この数値の妥当性を問う声もあるが、大学に勤務経験のある医師にとって違和感のない結果ではないか。若手医師の給与を低く抑えることで成り立つ病院経営。低収入を補うためにアルバイトをせざるを得ない勤務医の実態。この構図は吉本興業のそれとどれだけ違いがあるのか。
 新臨床研修制度の導入後、初期研修医の待遇が改善されたとはいえ、後期研修医はどうだろう。大都会の有名大学で研修する医師たちに十分な手当てが支払われていないだろうことは想像に難くない。
 吉本興業事件は、現在進められている医師の働き方改革や偏在対策において、避けて通るべきでない重要な課題を我々につきつけていると思う。


2019年8月

 「神は細部に宿る」と言われるが、「悪魔も細部に潜む」。
 組織の安全管理や危機管理においては、日常の些細なことやルーチンワークの中にこそピットフォールがある。これを見逃さない体制が必要だ。
 一年前の8月、あの忌まわしい「輸液バッグ破損事故」が発生した。世間の記憶は薄らいでいるかもしれないが、私たちは忘れるわけにはいかない。あらゆる再発防止対策に努め、病院に潜む悪魔をつぶさに拾い上げる一年間であった。
 組織には大小のトラブルが恒常的に発生する。しかし、波風なく順調に機能している状態の中にリスクの萌芽がある。「不安定・不均衡」という状態をむしろあるべき姿とし、絶えず柔軟に変化する組織を維持していくことが大切と考えている。
 その仕掛けとして、事故発生の8月7日を当院の「安全管理の日」に定めた。事件を思い出し、緊張感を新たにし、リスクマネージメントを強化していく。毎年この日をマイルストーンにしたいと思う。


2019年7月

 この時期、新聞やテレビでは先の大戦を振り返る報道や特集が多く組まれ、8月の終戦記念日まで続くのは毎年の恒例である。その前月、1945年7月の出来事を繰ると、ウインストン・チャーチルが勝利を目前に英首相を辞めている史実におどろく。しかも総選挙敗北の結果として。その5カ月前に戦後処理が話し合われたヤルタ会談での米・英・ソ連代表のうち、米ルーズベルトは数か月後に病没し、トップで健在のまま終戦を迎えることができたのは、結局スターリンだけであった。
 チャーチルと言えば、ナチスドイツが破竹の勢いで欧州を席巻している時に、「Never give up !」と英国民を鼓舞し、戦況を逆転させ、連合国勝利に導いた立役者である。輝かしい実績をあげても、トップを維持することの難しさを示す事例と言える。当のチャーチルは忸怩たる想いだったろう。もっとも野党に下野した時期に、ノーベル賞受賞作「第二次世界大戦」を執筆できたのはケガの功名か。
 いかに国民的英雄といえども選挙で厳しい洗礼を受ける。議会制民主主義お手本の国らしいとも言えるが、最近の混迷ぶりを見ると、英国民が必ずしも賢明な選択をするとは限らないようである。


2019年6月

 ACP(advanced care planning)に関する医師会主催の研修に参加した時のこと。特別講演の先生の発言に愕然。「最期がせまった時に往生際の悪い3職種は医師と教師と坊主」なんだと。実は、私の両親は学校の教師、祖父は僧侶と、親子3代でその職種を務めたことになる。祖父と親父の最期を思わず振り返った。
 が、こうも思うのである。往生際の悪い最期はそんなに見苦しいものだろうかと。
 人の死に方は百人百様であり、自らの死に方を選び取ることはとても難しい。終末期にせん妄や認知症を発症すればなおさらのこと。穏やかに眠るような死に方を実現できるのはまれであると覚悟すべきなのである。何枚も死亡診断書を書いてきた経験から、これは確かに言えることだ。ACPを行うとき、我々医療従事者にとって肝要なことは、理想の死に方を追求することではなく、あらゆる死に方を受け入れる心構えを持ち、それに対応できるスキルを磨いておくことではないかと思う。
 「余命いくばくもないとわかったら、何もしてほしくない。さっさと死んでいくよ。」そんなことをおっしゃる“元気な”人を見ると、眉をそっとなでたくなる。


2019年5月

 さあ、令和の御世の幕開けである。
 振り返ってみると、ここ近年の皇室に関する話題は明るいものばかりではなかった。女系天皇や女性宮家の議論に始まり、雅子さまのご健康、天皇の生前退位ご意向と皇室典範改正、秋篠宮さまによる宮内庁への苦言など。さらに眞子さまのご結婚問題が加わり、いささかスキャンダラスな視線にさらされていた。ところが新元号の発表で空気が一変。お祝いモードに一気に切り替わったところが、いかにも日本らしい。
 昭和の終わりはどうであったろう。天皇のご容態悪化のため日本中が自粛ムードにおおわれる中、記帳のため皇居前に並ぶ人々の長い列が私の記憶に残っている。ソ連や東欧共産主義諸国が健在であり、国内では社会党や共産党の左派勢力がまだまだ元気な時代にあって、黙々と記帳をする人々の姿は、イデオロギーを超えて、この国の深層を再認識させるものであった。
 多くの人々を共同体や国家に束ねるには、神話や宗教が必要である。日本人にとってのそれは古事記や神道であり、天皇がその正統ということなのだろう。たとえそれが幻想であっても、軽んずることのできないフィクションである。


2019年4月

新年度所信「混迷する世界の中で正気を保つ」

 世の中には常に知識層と呼ばれる一群がいて、彼ら彼女らの大多数が共有している通念が存在し、それが時代の空気や良識を醸成する。現代の通念は民主(主義)であり、戦前は愛国であり、さらにその前、明治維新前後は勤王であったという。それぞれの期間を大まかに定めるならば、勤王は40年、愛国は50年ほどであり、民主はすでに70年を超えた。民主もいつかは賞味期限を迎えるのだろうか。
 その民主の座が、今ほど揺さぶられている時代はない。国内外の政治・経済情勢について割く紙幅を持たないが、ポピュリズムやナショナリズムが台頭しつつある現在は、いつか来た道にそっくりとだけ述べよう。もし民主が守り継がれるべき正義ならば、相応の努力とコストをそのために払わなければならない。社会通念はけっして自明のものではないからだ。
 我々の携わる医療・福祉の分野においても、複雑な課題が山積し、従来の経験が通用しなくなっていることは同様である。少子高齢化、多死社会、消滅可能性都市、地域包括ケア、地域医療構想、健康寿命、フレイル、人生会議、働き方改革、2025年問題、2040年問題。キーワードを並べるだけでクラクラしてくる。このような中で的確な手を打ち続けるのは容易ではない。
 視点をもっと卑近に移してみる。当院の事情である。この一年間、実にいろいろなことを経験した。病院運営上の避けられない事がらだけでなく、様々な不測の事態に見舞われ、その対応に追われた一年であった。道を見失いそうになりながらも、どうにか一年を乗り切ったというのが正直な実感である。
 世界や医療界や自らの周辺が混沌とする状況で判断を誤らないようにするには、正気を保っていられる強さとブレないための羅針盤が必要だ。それを手に入れるには哲学を持たねばならぬ、と私は思うのである。哲学と言って難しく聞こえるのならば、矜持、譲れない一線、見識、美意識と言い換えてもよいだろう。他人のものではない、自分の頭で創りあげた指針を持つ。院長就任一年目の昨年度を振り返った末に得た、私の偽らざる決意である。
 さて、いよいよ令和の幕開けである。平成は、バブル崩壊後の失われた30年にすっぽり入る停滞の時代であった。昭和は、前3分の1が軍拡と敗戦、残りが高度成長とその終焉という振幅の激しい時代であった。令和はどうなるのだろう。安定した時代はどうも期待すべくもなさそうだが、我々は背筋を伸ばして一歩を踏み出さねばならない。不安と高揚を抱きながら、自らの哲学を磨きつつ。
PageTop