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院長コラム “やじろべえ” バックナンバー 2020年度

2020年9月

 お盆の最中、叔母の訃報が届いた。認知症もなく、自立した生活をおくっており、急逝であった。とはいえ享年98歳。大往生である。
 さあ葬儀、という運びになるのだが、叔母の在所は岡山県北部の僻地。コロナ禍の中、県外からの会葬者お断りの連絡が葬儀社より入る。その代わりに葬儀の様子をリモート配信するというので、LINEで参列した。
送られてくる映像はまずまずだが、木魚や鐘の音色が妙に硬質で耳障り。それよりも、院長室でスマホから眺めることの違和感が大きい。途中で業務連絡が入ったり、トイレにたったりと落ち着かない。故人を見送るために、仕事を休んで親族や知人と同じ空間を共有するという、本来あたりまえの様式の大切さを痛感した。
 今、ソーシャル・ディスタンスを前提とした様々な試みが社会に広がっている。そのために、人と人とが触れあってこそ成り立つ文化や伝統が空洞化するのは悲しい。ニュー・ノーマルになじまないものも確かに存在する。そんなことを考えさせる、リモート葬儀初体験であった。

2020年8月

 多くの情報がネット空間を飛び交う時代。情報を発信する側にとって、あやふやな知識は確認し、整理しておくことが大切だ。例えば…

 ワカサギは鳥ではない。
 カワセミやヤマセミは昆虫ではない。
 「小倉あん」を「こくらあん」と読んではいけない。
 GAFAにNetflixが加わるとFAANGになる。
 ジョージア州はアメリカだが、ジョージアという国はコーカサス地方にある。
 “New England Journal of Medicine”のニューイングランドがあるのはイギリスではない。
 ホラー作家スティーヴン・キングの英語表記は、“Stephan King”である。
 アーティストの村上隆は「むらかみたかし」と読む。作家の村上龍と混同してはいけない。
 フルボディのワインとは、大きなボトルいっぱいに入ったワインのことではない。
 初音(はつね)ミクは2次元の存在だが、夏目三久は実在のフリーアナウンサーである。
 下野(しもつけ)は上野(こうずけ)の東にあり、下総(しもうさ)は上総(かずさ)の北にある。

 以上、自身の経験を一部含めて。皆さんも赤っ恥をかかないように。

2020年7月

 コロナによる外出自粛のため、休日はおうち生活をおくることが多い。自然とYou Tubeへのアクセスが増える。そのコンテンツは膨大なもので、個人的にはジャズの名盤やライブ映像を手軽に楽しめるのがありがたい。むかし、レコードやCDを苦労して手に入れていたのはなんだったのか。
 若い世代ではすっかりYou Tubeが浸透し、テレビ離れが進んでいる。このままテレビはすたれていってしまうのだろうか。さにあらず、と思う。
 例えば、かつて映画は斜陽産業の代名詞であり、テレビの台頭によっていずれ消えてしまうともと言われていた。ところが、日本の映画入場者数、興行収入とも2019年は過去最高を記録し(2000年以降の集計)、予測ははずれた。同様に、このデジタル時代にLPレコードが復活していることも興味深い現象だ。
 古くても魅力あるもの、しっかりと根付いているものは簡単には消えない。過去から連綿と続く技術、芸術、文化、サブカルチャーが積み上がり、幾層にも折り重なっているのが、この社会の実相である。

2020年6月

  新型コロナの治療を受けたボリス・ジョンソン英首相が発した「社会は確かに存在する」というメッセージは、M・サッチャーによる「There’s no such thing as society」を引用し、逆の意味をこめたものであった。サッチャー主義継承者のはずのジョンソン首相の言葉であることの意味は重く、かつ深い。本人の真意はともかくとして。
 わが国の新型コロナ第1波はヤマを越え、世間は活動を再開しつつある。そのタイミングで政府から提唱された「新しい生活様式」は、3密回避など従来のスタイルを大きく変えることを要求する内容であった。しかし、生活様式なるものは長い歴史の過程で培われたものであり、それを将来にわたって永遠に変更することは可能なのか。あるいは正解なのか。
 確かに感染症は人類史を何度も変革してきたが、人々の伝統や文化まで変える力を持ちえただろうか。感染が拡大するのは、とりもなおさず人々が社会生活を営んでいるからであり、パンデミックという現象は人間社会の必然とも考えられる。この意味でジョンソン首相の発言は感染症の本質に触れている。
 はたして政府が奨める新しい生活様式が浸透、定着して「新常態」となるのか。注目すべき社会実験と言えよう。

2020年5月

 この4ヶ月ほどで世界は一変してしまった。トランプ大統領は自らを戦時下の大統領と呼んだ。メルケル首相は第二次世界大戦以来の事態と言った。新型コロナ禍が戦争に比肩しうる危機だとすれば、我々日本人は生かすべき多くの教訓を持っているはずだ。先の大戦でわが国は滅亡の崖っぷちに立つ重大な失敗を経験したのだから。
 日中戦争と太平洋戦争で犯した日本と日本軍のミスから学び取り、このやっかいなウイルスとの戦いに臨む心構えを挙げてみよう。同じ轍を踏まないために、
・正しい情報を得ているか。マスコミ等にミスリードされていないか。
・明確な戦略目的を持ち、組織全体で共有されているか。
・意思決定や指揮系統が統一されているか。
・科学的合理性に基づいて行動しているか。(精神主義や個人のスキルに頼っていては勝てない)
・ロジスティクス(兵站)は十分か。(感染防護具がこれにあたる)
・有効な武器を持っているか、あるいは開発しているか。(言うまでもなくワクチンや抗ウイルス薬。竹やりではB29は落とせない)
・結果をフィードバックし、計画を修正するシステムを持っているか。
・不測の事態に備える準備をしているか。
・希望的観測をしてはいけない。さりとて、希望を失ってもいけない。

2020年4月

 ジャズトランペットのヴァーチュオーソ、帝王マイルス・デイビスにまつわる話をひとつ。
 マイルス率いるバンドの演奏中のこと。マイルスのソロのバックで、ピアノのハービー・ハンコックが間違ったコードを弾いてしまった。ハンコックは頭の中が真っ白になり、あとで大目玉をくらうことを覚悟した。ところが、マイルスは即座に自らの音を変え、ハンコックのコードが正しく聞こえるように修正し、何事もなかったように平然とプレイを続けたという。
 このエピソードが示唆することはこうだ。若手を叱責するのではなく、ハイレベルの技術を示すことによって反省とステップアップを促すという、リーダーシップの一理想を見ることができること。そして今ひとつは、ミスをミスとして安易に捨て去らず、そこに何かを感じ取り、プラスに転じる姿勢の大切さだ。マイルスの音楽に対する、このような自由で柔軟なアプローチは、実際に何度もジャズを変革していく原動力となったのである。
 日々の仕事や生活の中で、我々はあまたの異常事に遭遇する。明らかなミスやアクシデントだけでなく、なんとなくの違和感も含めて、様々なバリアンスが目の前を通過していく。これらに身構えて早めに芽を摘むのはひとつの対処法ではある。一方で、そこには重要なヒントが隠れているのではと考える視点を欠くべきではない。
 つまるところ「奇貨」である。奇貨を目にした時、忌まわしきものと排除するのではなく、何かのチャンスかもしれないと拾い上げるセンス。「目抜き通りを歩きつつ、道端の石ころや雑草を見落とさない」というような感覚だろうか。
 筆者が院長職に就いて2年が経った。この間、大きなトラブルをいくつも経験した。某スタッフから「持ってる院長」という不名誉な称号をいただきもした。リスクマネージメントには日頃の備えが大切であり、そのためにいくつもの奇貨をふところに入れて温めておく。その感性と反射神経を磨く。そしてストレスやコンフリクトをプラスと捉えられる楽観主義を持ち続ける。リーダーにとって必要なスキルにちがいない。
 令和2年は当院にとって創立70年目の節目の年である。次の10年はどんなものになるのだろう。スタッフの不安はつきないだろうが、明るい未来を示すことが院長の使命だ。そう自戒しながら、ともすれば険しい顔つきで病院内を歩いている自分に気づくたびに、こっそりと口角をつり上げるのである。
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