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院長コラム “やじろべえ” バックナンバー 2022年度

2022年12月

 従来議論されてきた社会問題も、その実態は日々変化している。過去の認識のままだと議論を誤ってしまう。情報は常にアップデートすることが必要だ。そういった例を挙げてみよう。
 ● 日本は移民鎖国か
 平成31年、在留外国人(短期滞在者を含まず)は過去最多となり、年間外国人受け入れ数はドイツ、アメリカ、イギリスに次ぐ世界4位。日本はすでに移民大国かもしれない。課題は、外国人が長く住んで働きたいと思える環境整備と、優秀な外国人材の獲得である。
 ● 日本人の間の経済格差は拡大しているか
 所得の不平等さの指標・ジニ係数は経年的に増加傾向にあるが、ジニ係数改善度は緩やかに上昇している。所得の再分配機能が進んでいて、経済格差が拡大しているとは言えないことがうかがえる。問題は格差の拡大ではなく、固定化にある。さらに懸念されるのは、若い世代に格差を受け入れ、上昇志向が低下する傾向がみられることだ。
 ● 日本は医療デジタル後進国か
 コロナ禍は、わが国の医療行政のお寒いデジタル事情を露呈させたが、一方で膨大なレセプト情報を持っていることを忘れてはならない。調剤レセプトは99.9%、医科レセプトは病院が98.9%、診療所が96.9%電子化されており(平成26年集計)、このビッグデータが充分に活用されていないことが課題。すでにデジタル化のインフラは準備されている。足りないのはやる気とリーダーシップだ。

2022年11月

 本をけっこう読むほうだが、数はさほど多くない。読むスピードがあまり速くなく、ページをかせげないからだ。かといって速く読まないといけないとも思っていない。ときおり目にする速読術とやらには冷ややかな視線をおくっている。読書の目的にもよるが、文体を味わいながら、じっくりと読みこむスタイルが自分には合っている。
 こんな私でもスラスラと読み進められる文章もある。文字を追うスピードと、意味や行間を理解する時間とのずれが小さく、いくらでも頭にはいってくるような文章だ。難解な作品を拒むわけではないが、自身の能力とセンスに合った文体の作家を知っていることは、ひとつの幸せである。
 私にとって、そのような作家の一人が藤沢周平である。時代小説の大家である彼の作品は、昔の言い回しや風俗がちりばめられていても、まったくストレスなく読んでいられる。江戸時代安定期の下級武士や庶民、それに庄内地方の描写は、その文体に合っていて、心地よい読後感を残してくれる。
 かねてからの念願であった藤沢周平記念館を、夏季休暇を利用して訪れた。山形県鶴岡市に建つ記念館は、平凡な生活を信条とし、つつましい生涯をとおした藤沢に似つかわしく、ひかえめで静謐な空間であった。著作の多さに圧倒されたが、これからも一冊一冊ていねいに読んでいけばいい。余暇はそれだけで楽しいものになるはずだ。

2022年10月

 当院付属介護老人保健施設でCOVID19感染が発生し、利用者や関係者の方々に多大なご不便とご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げる。8月21日に発生した感染は、入所者26名と職員9名のクラスターに進展し、9月6日にようやく終息した。
 介護施設の感染は時間的、空間的に一瞬で広がる。入所者にマスク常時着用を義務づけるのが困難である上に、濃密なケアが必要とされるからだ。介護施設での感染防御徹底は現実的に難しい。
 感染者がいずれも軽症で済んだのは不幸中の幸いであった。入所者も職員もワクチン4回目接種をすませており、迅速なPCR・抗原検査を行い、発症直後に抗ウイルス薬を投与できたことが大きい。この感染症にはワクチン接種、早期診断、早期治療が有効なのは明らかである。
 当院老健には60人超の入所者が暮らしている。この方たちの最も多い日々の訴えは疼痛だ。関節や骨の加齢性変化によるものがほとんどで、完治は望めない。疼痛をコントロールする技術がもっと進めば、老年期はずっと過ごしやすいものになるはずだ。
 入所者は2階と3階に分かれており、認知症の程度のより強い方たちを3階に振り分けている。2階に比べて3階入所者の訴えがより少ない傾向にあるのは、苦痛の感度が低く、症状を忘れてしまうからだろう。そのため、3階入所者の方が穏やかな表情をしており、日常が満足げである。認知症になるのも悪いことばかりではない。

2022年9月

 新型コロナ第7波真っただ中の本稿執筆時、爆発的な感染拡大の一方で、入院患者数は高止まりで留まっている。感染者の大部分が自宅・ホテル療養しているからで、この部分を担っているクリニック等の関係者に感謝申し上げる。
 それにしても、わが国では感染の波のたびに医療や行政がひっ迫するのはなぜか。原因のひとつがデジタル化の遅れにあることは間違いない。COVID19関連デジタルシステムには、VRS(ワクチン接種)、HER-SYS(疫学情報)、G-MIS(病床利用)、COCOA(接触者アラートシステム)があるものの、これらが統合・連携されず、バラバラに運用されてきたことが問題だ。
 諸外国はどうか。例えばフランスでは各情報を収集し共通化するサーバー(SI-DEP)が機能している。その中の接触者追跡調査アプリ(AmeliPro)は、日本のCOCOAを参考にして作られたというからくやしいではないか。
 技術で先行しながら有効に活用されない日本。他国との違いがリーダーシップの差にある気がしてならない。新システムの稼働初期につきもののバグに敏感に反応しすぎ、苦情や批判に足がすくんでしまうことがしばしば。批判を抑え込み、少々のバグには目をつぶり修正しながら前へ進む突破力が必要だ。それには強いリーダーシップが求められる。これが欠けているのではないか。
 中露などの権威主義が力を伸ばしつつある世界。リーダーシップ無き民主主義は権威主義に敗れるかもしれない。ことはコロナに限らないのである。

2022年8月

 私が担当している入院患者に、低酸素脳症による遷延性意識障害の方がいる。覚醒しているが意思疎通はできない。長年診てきたが、最近読んだ一冊の本(A.オーウエン著「生存する意識」みすず書房)によって、こういった方への捉え方を考え直すきっかけを得たので紹介する。
 著者によると、機能的MRIや機能的近赤外分析法などのテクノロジーを用いた研究の結果、「植物状態と診断された人の15~20%は、外部刺激にまったく応答しないにもかかわらず、完全に意識がある」というのだ。
 このエビデンスは、尊厳死、安楽死、リヴィングウイルといった終末期医療における倫理的問題の再考を迫る。さらには、意識の概念の研究分野にも新しい知見を加えるものだ。
 いささかショッキングなエピソードも紹介されている。意識の無い患者に、大好きだった音楽を、家族がベッドサイドで繰り返し流した。その後、奇跡的に回復した患者が母親に言った第一声は、「あと一度でもあの曲を私に聞かせたら、お母さんを殺すからね!」よかれと思ってやったケアが、患者には苦痛であったとは!確かに、音楽を停める術を持たない患者が、同じ曲を毎日何年も強制的に聞かされるのはストレスにちがいない。ケアの常識も見直す必要がありそうだ。

2022年7月

 働き方改革においては院長も有給休暇をとらなくてはならない。そんなわけで年休を利用して福井県に行ってきた。どうして福井かというと、私の祖父が曹洞宗の僧侶で、祖父も父も修業を積んだ総本山永平寺があるからである。子孫の務めとしていつか一度は、と思っていたのだ。
 まず小浜を観光。アメリカ元大統領と同じ名前に似合わず、この町の歴史は古い。京都が間近にあり若狭湾に面した立地から、日本海で採れた海産物を都に届ける起点として栄えたのである。古刹や重要文化財が数多く残っていて見どころ多し。寺院を巡った後の夕食は、つつましく精進料理をいただいた。
 さてメインの永平寺だが、残念なことに今ひとつであった。広大な敷地内で観光客が足を踏み入れられる場所はわずか。お寺の外観はほとんど観ることができず、ひたすら館内を歩かされる。これがけっこうな距離と起伏の大きいルートで、とても疲れる。全体的に観光客に優しくない印象。禅寺なので過剰なサービスはいらないということか。それにしては客引きの立つ食事処や土産物屋が寺の前にたくさん並んでいたのが、ちぐはぐな光景であったが。
 「行ってみたらがっかりした観光名所」のリストに永平寺を加えることとしたい。ご先祖には申しわけないけれど。

2022年6月

 GWのしものせき海峡まつり。コロナ禍のため変則開催となって、もう数年となる。今年も先帝祭上臈道中の一般公開は中止されたようだ。
 上臈道中の当日朝、休日出勤していると、雅楽の音色が外から聞こえてくる。上臈道中に出発する太夫を送る儀式が、伊崎町西部公民館前でとりおこなわれ、そこから流れてくるのである。5月の個人的な風物詩が聞けなくなって久しい。
 西部公民館前がスタート地点なのはなぜか。ひとつには入水した安徳天皇のご遺体が上がった場所とされているから。もうひとつは、その界隈がかつて遊郭街であり、平家一門の女官が遊女に身を落とした歴史に連なっているからである。
 新地の遊郭は、幕末の志士たちが闊歩した舞台でもある。高杉晋作が遊郭で見染め晩年まで連れ添った芸妓「おうの」が有名だ。晋作の死後、おうのは晋作を弔うための住居を与えられ、尼となって余生をそこで暮らした。東行庵である。
 晋作には「雅子」という正妻もいた。晋作は倒幕で飛び回っていたため、雅子と共に過ごしたのは1年半ばかりであったという。雅子は東京に移って生涯を終えた。
 晋作をとりまく正妻と愛妾への遇し方に、幕末当時の社会風俗がうかがい知れる。

2022年5月

 先日亡くなった藤子不二雄Ⓐこと安孫子素雄氏についてネットサーフィンしていると、思わぬ事実に行き当たった。
 昭和のマンガ界を彩る作家を数多く輩出したことで有名なあのトキワ壮の住人に、水野英子という紅一点がいた。それがなんと下関市上新地出身だというのだ。当院のすぐ近くではないか。不覚にもその存在を知らなかった。以下、ネットから拾った水野英子女史の情報より。
 手塚治虫の「リボンの騎士」が少女漫画の嚆矢とされるように、昭和30年代当時の少女漫画の描き手はもっぱら男性であった。そこへ水野がさきがけとなり、彼女以後は女性漫画家による作品が主流となる。そのため水野は少女漫画の草分けとされ、女手塚治虫とも称される。残念なことに私は水野の作品を読んでいないが、彼女の影響を受け、あとに続いて花開いた竹宮恵子や萩尾望都などはよく知っている。
 けっこう破天荒な半生をおくった後に、現在も健在で創作を続けていらっしゃるようだ。当院周辺ゆかりの著名人として、高杉晋作、白石正一郎、松田優作、田村淳と並べて、水野英子を記憶にとどめようではないか。

2022年4月

 映画を観るたびに気になるものがある。キャストやスタッフなどの名前が延々と流れる、あのエンドロールだ。大作や長編でおびただしい名前が連なるのはもちろん、低予算作品でもけっこうな数にのぼる。
 つい心配する。人件費は相当なものではないか、すみずみまでギャラはちゃんと支払われたのだろうかと。ヒットすればいいが、コケたら大赤字を計上するであろうことは想像に難くない。
 約束どおりのギャラがもらえない人がいたとしたら、とさらに考える。クレームを述べ訴訟まで起こす人がいる一方で、にっこり笑って何も言わない人もたくさんいるように思う。作品に関わることができたことで、もう満足するような人たちが。
 そもそも労働の対価としての妥当な報酬はいかほどのものか。映画製作は多大な労力を必要とし、俳優やスタッフの苦労は相当なものだろう。高額ギャラの大スターはいざ知らず、多くの人は報酬を考えていたらやってられないのではないか。しかし、ひとつの作品は映画に愛情をいだき、対価にこだわらない人たちの熱意と献身によってできあがっていると信じたい。観てよかったと思う作品であればあるほど。
 今、日本全体で働き方改革が進められている。医療界も、時間外労働上限規制が義務化される2024年に向けて、体制作りに追われている。新型コロナ対策を最優先としながらも、働き方改革の工程が粛々と進行中だ。今年度は、全国の病院にとって勤務形態の方向性を決める大切な一年となるはずだ。
 医師も労働者である以上、守られるべき権利を持つ。労働生産性を上げることも求められる。また、多様な生き方を認めることが現代のトレンドであり、キャリアデザインは個人の人生観や職業観に沿ったものであるべきだ。かくして働き方改革は国策となった。
 とはいえ、真にすばらしい仕事、後世に残るような業績を成し遂げ、いっぱしの医療人となるには人一倍の努力をしなくてはならない。これは時代のトレンドとは別に、古今東西普遍的な事実だ。
 定められた労働時間の外で、労働生産性を度外視して働いて得られた成果にこそ、価値と優位性が生まれる。これに費やされる時間は、働き方改革の文脈では自己研鑽にあたる。自己研鑽とは、「上司の指揮命令の下に置かれている時間以外に行われるもの」とされる。自らの意思で行う点がキモであり、そこには強制感や義務感は生まれにくい。
 多様な働き方を尊重するからこそ、より高みを目指して仕事に没頭するキャリアデザインも選択肢のひとつである。その努力が結実した先には、まわりとは違った景色が広がっているはずだ。働き方改革においては、このメッセージを後進に伝えることを忘れてはならない。
 映画のエンドロールを余韻にひたりながら目で追うのは、ひとつの至福である。そこに流れる名前たちに敬意を払いつつ、熱意と大志をいだく良質な医療人がたくさん育つことを願う。
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