病院長挨拶
病院紹介
外来のご案内
外来診療担当医
入院のご案内
お見舞いの方へ 医師との面談時間のお願い
健康診断をご希望の方へ
交通のご案内

個人情報の保護について
患者さんの権利と責務
調達情報
バリアフリー情報
情報公開
診療実績・臨床指標
医療安全管理指針
感染管理指針

院長挨拶 および院長コラム “やじろべえ”

院長 山下 智省(やました さとよし)

山下智省院長
 下関医療センターは、平成26年4月に地域医療機能推進機構の発足と同時に誕生し、長年親しまれてきた下関厚生病院から移行してできた病院です。私は、その二代目となる病院長を平成30年4月に拝命いたしました。当院は独立行政法人であり、いわゆる公的病院として位置づけられる組織です。つまり、当院に求められる最も大切な使命は、住民の健康の維持と向上、安心しておくることのできる生活の実現に貢献することにあります。
 現在、25診療科を有し、地域医療支援病院をはじめとして多くの施設基準・認定を受けており、急性期疾患を中心に診断・治療を提供できる体制を整えています。加えて、健康管理センター・介護老人保健施設・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーションといった部門を持ち、疾患の予防・治療から介護まで幅広い医療サービスを提供できる機能を有しています。
 また下関という地方都市においては、病院や介護施設には社会インフラという性格に加えて、地域の産業の一つという側面があり、医療・福祉が充実することによって、その地域が豊かになると信じています。これらを通じて、当院が地域に貢献できることは大いにあると言えましょう。
 今後ますます少子高齢化が進み、地方はとかく暗い将来を描きがちです。そんな気分を反転させるためには、まず病院が元気にならなくてはいけません。そして当院が下関の暮らしと文化の核となる組織に成長する。そんな夢を抱いて、私たちは努力してまいります。


院長コラム “やじろべえ”

2019年10月

 下関医療センターのまわりには、高杉晋作ゆかりの史跡がたくさんある。新地会所跡、厳島神社、了圓寺、療養の地、終焉の地、桜山神社など。何故こんなに集中しているのか。最近、下関市歴史博物館学芸員松田和也氏のご講演を拝聴したことで、かねてからの疑問が氷解した。
 江戸時代、毛利家が治めていた現在の山口県は5つの支藩に分かれていた。長州藩、岩国藩、徳山藩、長府藩、清末藩である。今の下関の大部分は長府藩領であったが、竹崎町と伊崎町あたりは清末藩領であった。その長府藩と清末藩にはさまれた飛び地のエリアに長州藩領があり、現在の新地や今浦町がこれにあたる。長州藩士の高杉晋作が、当院周辺を下関での活動拠点にしたのは当然であったというわけだ。
 厳島神社のそばにひっそりとたたずむ新地会所跡が、個人的には感慨深い。晋作は藩内クーデターを企て、功山寺で決起する。その直後に襲撃したのが長州藩新地会所であった。この瞬間から、維新に向けて歴史が大きく転回するのである。


院長コラム “やじろべえ” バックナンバー

2019年度
2018年度
PageTop